小さな介護日記 その1
毎週末、母を施設から連れ出しています。
家に連れて帰って、トイレに行って、ご飯を食べさせて、お風呂に入れて、湯船につからせて、髪を洗って。馬油を塗って、テルミーかけて爪を切ったり、身だしなみを整えたり、床屋さんに行って顔剃りしてもらったり。
そして、また施設へ送り届ける。
最近は、そんな週末を繰り返しています。
母は認知症になってから、できないことが少しずつ増えてきました。
一年前くらいまでは普通にトイレに行っていたのに、今ではすっかりオムツ。
小さいほうは、トイレでできることもある。
でも、大きいほうはなかなかうまくいかない。
それでも本人には本人の意思があって、
「トイレに行きたい」
と言うこともある。
なので、
「はい、行きましょう」
とトイレへ連れていく。
ところが、着いてみたら、すでに出ている。
そんなこともあります。
認知症の母のお世話をしていると、子育てをしていた頃のことを思い出すことがあります。
ご飯を食べさせたり。
お風呂に入れたり。
着替えさせたり。
トイレの世話をしたり。
「危ないから、こっちに来て」
と言ったり、
「もう帰るよ」
と言ったり。
やっていることだけを見ると、子育てと似ているところが結構あります。
私は子育ても、まぁまぁワンオペでやってきました。
だから、こういうお世話そのものには、そこまで戸惑いはありません。
ただ、介護を始めてみて、
「これは子育てとは全然違うな」
と思うことがあります。
それは、
抱っこして移動できないこと。
子どもなら、
「もう帰るよ」
と言っても帰らなければ、抱き上げてしまえばいい。
眠くなって歩かなくなれば、抱っこ。
疲れたと言えば、抱っこ。
なんなら、おんぶ。
2歳くらいなら、こちらの都合で抱き上げて、移動させることができます。
ところが母はそうはいかない。
母の体重は45キロくらい。
ものすごく大きいわけではありません。
だから、数字だけを見ると、
「頑張れば抱っこできるんじゃない?」
と思わなくもない。
でも、実際の介護ではそう簡単ではない。
子どもは抱っこするとき、こちらに体を預けてくれる。
眠ってしまった子どもを抱っこして、
「重くなったなぁ」
なんて思いながら運んだこともある。
でも大人は、自分で立っているところから、こちらが支えて動かすことになる。
ちょっとした移動でも、それなりに気を使う。
そして何より、
途中で動かなくなったからといって、抱き上げて連れていく、という選択肢がほぼない。
これが、思っていた以上に大きい。
例えば私がトイレに行きたい。
「ちょっとここで待っていてね」
と言って、母を置いていく。
これも簡単にはできない。
誰かに、
「5分だけ見ていてもらえますか」
とお願いする必要があります。
子育てのときも、
「ちょっとでいいから一人になりたい」
と思ったことは何度もありました。
トイレくらい一人で行きたい。
5分でいいから静かにしてほしい。
そんなことを思っていた。
でも、小さい子なら、トイレの近くにおもちゃを置いて、
「ここで遊んでいてね」
ということもできる。
ところが母には、それができない。
そこで、ある日ふと思いました。
あれ?
これって……
オムツの取れない2歳児みたいじゃない?
自分の意思はある。
嫌なものは嫌。
行きたいところには行きたい。
食べたいものもある。
トイレも、自分でできるときとできないときがある。
そして、オムツ。
なるほど。
かなり2歳児に近い。
ただし。
2歳児なら抱っこできる。
ここが大きな違いです。
⸻
そんな母を連れて、この前、道の駅のような農産物のお店に行きました。
施設に戻すまで少し時間があったので、大根を見たり、ごぼうを見たり。
産直のお店って、野菜を見ているだけでも楽しい。
「大根、大きいね」
なんて言いながら歩いていたら、母が突然、
「トイレ」
と言いました。
はいはい。
トイレですね。
急いでトイレへ。
ところが。
個室に入ってみたら、
もう、出ていました。
大きいほう。
しかも、しっかり。
「あら……」
となります。
さて、どうする。
ここは田舎。
駐車場が広い。
ものすごく広い。
そして、車は遠い。
替えのおむつは、その車の中。
母をトイレに置いて、
「ちょっとおむつ取ってくるから待っていてね」
というわけにもいかない。
かといって、母を連れて車まで行って、おむつを取って、またトイレに戻る。
それもなかなか大変です。
そこで、いろいろ考えた結果、
中身だけ何とかすることにしました。
流せるものはトイレに流す。
トイレットペーパーを何枚か重ねて、お尻に当てる。
そして、濡れたオムツのまま車へ戻る。
そのまま施設へ。
施設に着いて、ようやくおむつ交換。
なんとか任務完了です。
⸻
帰り道に、ふと思いました。
赤ちゃんや小さい子どものためのおむつ替えスペースは、いろいろなところにあります。
お店にもあるし、道の駅にもある。
サービスエリアにもある。
でも、
大人のおむつを替える場所って、ほとんどない。
もちろん、すべての場所に必要だとは思わない。
でも、介護をしている側からすると、
「ここにちょっと横になれる場所があったらなぁ」
と思うことはあります。
子どもは、おむつが取れていく。
少しずつ、自分でできることが増えていく。
でも高齢者は、その逆。
今までできていたことが、少しずつできなくなっていく。
だから外出するたびに、
「トイレはどこ?」
「おむつは持った?」
「着替えは?」
「もし出たらどうする?」
と、考えることが増えていく。
そして、実際に外へ出てみると、
「ああ、ここって、元気に歩ける人を前提にできているんだな」
と思うことがあります。
社会って、やっぱり基本的には健康な人向けにできているのかもしれません。
まぁ、そもそも、
大人を連れて歩いている人が、そんなにいないのかもしれない。
毎週末、施設から母を連れ出して、
お風呂に入れて、
買い物に行って、
野菜を見て、
トイレに連れて行って。
そんなことをしている私は、もしかしたら少し珍しいのかもしれません。
でも、母と出かけるようになってから、今まで気づかなかったことに、いろいろ気づくようになりました。
介護をする側になって初めて、
「こういう場所があったら助かるのに」
と思うことも増えました。
そして、母を見ていると、時々思う。
やっぱり、2歳児みたいだな、と。
意思はしっかりある。
オムツも必要。
こちらの思った通りには動いてくれない。
でも、
2歳児なら、抱っこして移動できる。
母は45キロ。
頑張れば……と思わなくもない。
使わなくなった帯をリメイクして一本紐のおんぶ紐も作っては、あるがいざという時だけにしたいものです。